木ノ葉崩しの一件が片付いてから暫くの後、ネジは頻繁に宗家を訪れて
当主であるヒアシと修行をつけるようになっていた。
あの日に全ての真実を知り、それ以来はネジも蟠りを捨て吹っ切れたようだ。
そんな、任務も入っていない、ある日の午後。
いつものように宗家当主から手ほどきを受けていたネジは、一休みするかという
ヒアシの言葉に頷いて縁側に腰掛けた。
程なくして、お茶を煎れた湯飲みを乗せたお盆を手にヒナタがやってきて、
2人の間にそっと置く。
その静かな所作を見遣ってから、ネジはヒナタに声をかけた。
「ヒナタ様の方も、今日は任務は無いのですか?」
「う…うん……、紅先生に急用が……」
「そうですか、それなら後で私と手合わせでも?」
「えッ!?
あ、あの………わ、私…は…………いい、よ」
あわあわと手を振りながらそうたどたどしく答えるヒナタに、知らずネジの
口元に苦笑が滲んだ。
もうよく分かっている、ヒナタの強さと弱さのことは。
弱さを吹っ切ることさえできれば、きっと彼女もそれなりの使い手になれた
だろうに、それが残念で仕方が無い。
「まぁ………ヒナタ様がそう仰るなら、仕方ありませんね」
「う、ううん………わ、私も……たまにはやってみたい…けど……、
今日は……ちょっと」
「え?」
「そろそろ………時間だから……」
「………ああ、もうそんな時間なのか」
怪訝そうな表情をしたネジを余所に、ヒアシがヒナタの言葉に頷いた。
彼は何のことだか分かっているようだ。
「何か……あるのですか?」
「う、うん………あのね、」
言い難そうに胸の前で両手の指を絡ませながら俯いたヒナタの言葉が
その先へ続くよりも前に。
「こんにちは!今日も宜しくお願いします!!」
もう聞きなれたと言えば聞きなれすぎたその声に、ネジは思わず縁側から
転がり落ちそうになった。
<The sound to knock a door in the heart.>
「ガ……ガイ!?」
全身緑一辺倒のボディスーツに黒髪のおかっぱ。
そこに中忍以上の者にのみ配られているジャケットがつけば、
認めたくもないが自分の上司であると認めざるを得ないだろう。
思わず頭痛のしてきたこめかみを押さえて、ネジは努めて
平静を保ちながら口を開いた。
「何故………どうして、ガイが……此処に、」
「お、ネジではないか!奇遇だな!!」
「そんなことはどうでもいい!!
どうして宗家に来るのか訊いているんだ、俺は!!」
「はっはっは、相変わらず気の短い奴だなぁ、ネジ!
そんなんじゃあ、器の大きい男にはなれないぞ!!」
あろうことかそんな風に言って、且つその大きな掌でネジの頭を
くしゃくしゃと撫でる。
本気で八卦でも仕掛けてやろうかとネジの脳裏を過ぎったが、
宗家当主の目もあって、気力と根性でなんとかその殺意は
捻じ伏せた。
ガイの手を乱暴に叩き落とすと、ネジはヒアシの方へ目を向ける。
自分の上司ではまともな会話にならない事が、よく分かったからだ。
「ヒアシ様、これは一体どういうことでしょうか?」
「どう……と言われても、なぁ」
「てっきりまだネジは此処に来ていないと思っていたものですから…
いやはや、どうもすみません」
「まぁ……いずれは知ることだ、構わんだろう。
折角だ、ネジにも見せてやるといい」
「……はぁ」
困ったように頭を掻くガイへそう言うと、ヒアシも縁側から庭へと
下り立った。
「な……なんなんだ……?」
すっかり置いてけぼりなネジがそう声を漏らしている横から、
ヒナタがネジの服の裾を軽く引っ張る。
「あ……あのね、ネジ兄さん……」
「ヒナタ様?」
「見てたら………わ、わかるから……」
小さな声でそう囁くと、ヒナタは縁側に正座して庭に立つ自分の父親と
従兄の上司へ真っ直ぐに視線を向けた。
ヒアシの向かいにはガイ。
まずはお互い充分な間合いを置き、構えを取る。
「これは……」
ヒナタの隣に座り込んで、ネジが呆然と呟きを漏らした。
ガイの取った構えはヒアシのそれと全く同じ、それはつまり普段の
剛拳ではなく、自分達が得意とする柔拳を使うということ。
「もしかして………ガイは…」
「兄さんも見てて、……ほんとに、凄いから……」
落ち着いた声でそう言うヒナタは、これを見るのはどうやら初めてでは
無いようだ。
真剣な表情で手合わせを見守るヒナタに倣って、ネジも少しだけ
落ち着いた気持ちで上司の姿を視界に入れた。
先に動いたのはヒアシの方だ。
普段ネジに手ほどきをする時とは段違いの速さで、ガイの懐を狙って
右手を突き出す。
それは間違い無く経絡系と点穴を狙っていて、だがガイは矢継ぎ早に
繰り出される攻撃を確実な動作で躱していた。
「ガイ先生………避けるのが随分……上手くなった…」
「ですが、攻撃できなければ意味がないでしょう」
「うん………でも……それで、いいんだ……って」
「え?」
ヒナタの言葉にネジが眉を顰めた。
経絡系や点穴を突いて攻撃する、それは日向一族の持つ白眼あっての
独特な攻撃方法だ。
それらを突くこともできなければ、掌からチャクラを放出することも
できないのであれば、自分達の動きなど極めたところで役には立たない。
それこそ、ガイやリーが普段使っている剛拳で外的損傷を加えた方がマシだ。
見たところ、ヒアシの隙を狙って突きを繰り出してはいるが、少しも
ダメージを与えられたという感じがしない。
「あの、ガイ先生ね…、ネジ兄さんが下忍になった日に……突然、
此処に来たの……」
それは丁度、ヒアシがハナビに稽古をつけている時だった。
門を叩いてやってきたガイに、父親が初めはとても驚いていたのを
ヒナタはよく覚えている。
柔拳と白眼について勉強したいと言ってきた彼へ、門外不出の技を教える事など
できるはずもないと、最初の内はヒアシも追い返そうとしていたのだが。
『部下のことを何も知らない上司ではいたくない。』
そうハッキリと言い切ったガイに、ヒアシも少し動かされたようだった。
当時のネジは完全に宗家に対して心を閉ざしている状態で、彼のことを
気にしているのはヒアシも同じだったからだ。
結局は、柔拳の基本と日向一族と白眼に関わる歴史を障りのない程度で
教えるという所で片が付いた。
「それからが……凄かった。
父さんは本当に、私達が最初に教えてもらうような基礎しか
教えなかったのに……どんどん、強くなって……」
ヒアシもだが、もちろん上忍であるガイがまめに通うような時間を
取れるはずもない。
通えてせいぜい月に一度、といったペースだったようにヒナタは記憶している。
「きっと……此処じゃない場所でも………、
たくさん、練習したんだと思う…」
「………。」
ヒナタの言葉にネジは黙ったままで、まだ組手を続ける2人を見遣っていた。
そういえばいつ頃だっただろうか、ガイがリーの修行を見る傍らでテンテンに
武器攻撃の応用を仕込み、そんな3人の傍でただひたすら己の修行を続ける
自分へ突然声をかけてきたのは。
(まさか………ガイは、俺のために…)
剛拳と柔拳は、その構えも型も何もかもが違う。
手合わせをしたことは一度もなかったが、新しい技を編み出すために試行錯誤を
繰り返していた自分へ、ガイは少しずつだがアドバイスをするようになった。
だけどそれは、柔拳に対する知識と経験が無ければできなかったこと。
「バカかアイツは、俺は……1人でだって……」
「そ、そっか……ガイ先生、ネジ兄さんには言ってなかったんだね……」
本当のことを言えばきっとネジのことだ、勝手なことをするなと怒っていただろう。
そのことをガイはとてもよく分かっていた。
ネジの性格も、胸の内に溜めていたものも、何もかもを。
だから、敢えて何も言わずにいる事を貫き通したのだろう。
「良かったね、兄さん」
「……え?」
「いい先生に出会えて、……良かった、ね」
えへへ、と遠慮がちに笑みを零して言うヒナタの顔を意外そうに見遣ってから、
ネジは再び目をガイの方へと向ける。
「…………はい。」
頷いたネジの表情は、とても穏やかだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ガイの左胸、心臓よりほんの少し上。
そこに掌を当てる寸前で動きを止め、ヒアシが笑う。
「これで……15連敗、だな」
「………参りました」
両手を軽く肩のあたりまで上げて、ガイは苦笑を零した。
やはりまだまだ、宗家の力には遠く及ばない。
いや、もともと一族の人間ですらないのだ、勝とうと思う方が間違って
いるのだが、恐らくガイはそんな事まで考えてはいないだろう。
ただ強い者がそこに居ると、闘争本能が掻き立てられる、それだけだ。
「ガイ」
声をかけると、おう、と返事があって、小さく笑みを零すとネジは
座っていた場所から立ち上がって庭へと出る。
ヒアシの居る場所までゆっくり歩くと、そこで立ち止まって真っ直ぐに
ガイへと目を向けた。
「驚いたな、いつの間に柔拳なんて」
「ああ………まぁ、つまらん上司のプライドだとでも思ってくれ」
ネジの言葉にガイが決まり悪そうな表情で笑った。
もしかしたら、まだ彼は自分に知られたくなかったのかもしれない。
けれど自分はもう知ってしまった。
知って、そして初めてガイという男と戦ってみたいと思わせられた。
「ひとつ、お手合わせ願えますか、ガイ先生」
すっと静かに構えを取って、ネジは言う。
酷く驚いたような顔で目を見開いたガイが、破願したのはすぐのこと。
それから、演習場で修行中だったのを抜け出したきりで戻って来ないガイを
探しに来たリーとテンテンが乱入してくるまで、組手はずっと続いていた。
最終的にはガイ班にヒアシやハナビまで加わっての大乱闘のような大騒ぎに
拡大してしまったのだが、楽しそうに続けられるその騒ぎを止めようとする者は
誰もいなかった。
そしてそんな風景を、ヒナタは優しい表情でずっと眺めていた。
<END>
上司と部下という意味での師弟関係を表すなら、ガイとネジほど書きやすい
2人はいません。なんていうか、凄く理想的というか。
リクエストからはやや外れた感じがするのですが、ネジとヒナタも喋らせてみました。
ヒナタって思ったより難しいなぁ……うん。
アニナル中忍試験でのネジ対ヒナタで、試合中ガイが一度も日向について口を開かなかった
ことには感服しました。
口を出さないと決めたことなんだろうな、そうやってガイは自分が決めたことは絶対に
守り通すんだろうな、と凄く思いました。
結局、上忍達がネジを止めるところまでガイは何も言わなかった、その姿に惚れます。
やっぱりガイ先生は心意気がオトコマエだと思うよ、ホント。
20万ヒット企画リクエストより頂きました、
「日向従兄妹(和解後)+ガイ班」、これにて任務完了。
むしろヒアシが出張っててなんだかスイマセン。(笑)
リクエストありがとうございました!!