ある穏やかな昼下がり、上忍待機所に素っ頓狂な声が響いた。
「………ま…また不合格にしただと…!?」
<We always expect the future.>
あんぐりと口を開いて呆然としているのはガイ、そしてその向かいに
座っているのはアスマだ。
だが話題に上がっているのはそのどちらでもなく、今はこの場にいない男。
「カカシのヤツ……何考えているんだ…」
「そりゃ俺の方が聞きてぇよ。
親父殿がもう、頭抱えちまってしょうがねぇ」
「……三代目がか」
「実際のところ、ちゃんと新入りにテストをした上での不合格だからよ、
文句は言えねぇんだとよ」
灰皿に灰を落として、それをまた口に咥えるとアスマは肩を竦める。
暗部を抜け上忍として表舞台に戻って来たカカシに、アカデミーを
卒業した子供の教育と指導を言い渡した事は何度かある。
カカシも一度はそれを承諾するのだが、下忍としてやっていけるかどうかの
素質をテストするという名目で、実施テストを行った結果。
「結局、認められたモノは今のところ誰1人としていないわけか…」
「俺ァよ、もうカカシが何考えてんのかサッパリ見当もつかねぇ。
だが……いつまでもこのままってワケにはいかんだろ?」
「……それで俺に話を振るのか、アスマは」
「いや、まぁ、その。
そういう風に言ってくれるなよ、な?」
せっかくの休日なのに上忍待機所に呼び出されて、何の話かと思いきや
カカシが手に負えなくて困った同僚の悩み相談室、といったところだろうか。
両手を合わせて拝んでくるアスマを見ながらやれやれと吐息を零して、
ガイは腕を組み低く唸りを上げた。
「別に部下を持つのが嫌というワケではないようだな」
「だと思うな。じゃなきゃ最初から断るだろ。
話を振った時はちゃんと2つ返事で引き受けるんだと」
「じゃあカカシの主張する通り、素質が無いのか?」
「んなワケねーだろうが、ちゃんとアカデミー卒業できてるんだぞ?」
「確かに……というコトは合格基準が何かってことだな…」
下忍合否の判断は上忍に一任される。
ガイのところなどは、下忍に上がったことへの心意気と抱負を語れたら
それでクリアだ。
実力を身につけた者だけがアカデミーを卒業できるのだから、あとは
忍になるという事に対しての気持ちの在り方ひとつでいい、彼はそう
思っているからだ。
それに、その後の努力次第で実力は如何様にもなると考えている部分もある。
「な、ガイ!頼むって!!この通り!!」
拝み倒されるとそれ以上は何も言えず、ガイは首を縦に振るしかなかったのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
演習場の日当たりの良い場所で、アイマスク代わりに本を開いて顔の上に
乗せたまま昼寝しているカカシの姿を見つけた。
静かに歩み寄って彼の傍で膝をつくと、人差し指で軽く本を弾く。
パサリと横の草の上に落ちたそれを目で追いかけてから、やはり起きていた
らしいカカシが視線をガイの方へと向けた。
「………せっかく気持ちよく昼寝してたってのに、邪魔するなよな」
「そうか、寝てたようには見えなかったのでな、それは悪かった」
「ま、いいけど。
それで、何か用でもあったのか?」
「……………いいや、別に」
姿を見かけたからとだけ言って、ガイはカカシの隣に座り込む。
ああそう?と、それに特に何か言うでもなく、落とされた本を取って
カカシは置いてあったポーチの中に片付けた。
「お前がこんな所で昼寝とは珍しいな」
「そう?
今日は天気が良いからな、こういう日は外で寝ると気持ちがいい」
「随分余裕じゃないか。
お前のそのマスクの下を見たがっている奴らが何人居るか知ってるか?」
「数えたことがないな」
ガイの言葉にはははと笑い声を上げて、カカシはゆっくりと身を起こした。
傍の丸太木に背を預ける。
「いつからいたんだ?」
「ん?…昼前からかな。
下忍合否の試験してたもんで」
「結果は?」
「んー………ダメだな、全員バツ」
「お前、また不合格にしたのか!?」
「うんまぁ、俺の厳正な合格基準の下な」
飄々とした顔でそう言うとカカシは軽く肩を竦めた。
その姿を見ている限りでは、彼に特別何か思うところがあるわけでは
ないように見える。
だがガイは知っていた、何かある時こそ彼は無感情を貫き通すのだと。
「力が足らんのか?」
「いや、今日来た奴らは今までで一番の実力者だったよ」
「じゃあ何だ、上司の言葉を聞かない傲慢な奴だったとか?」
「いやいやとんでもない。
俺の言うことをちゃ〜んと聞く、お利口さんだったよ」
「…………それなら何故…、」
「ま、だからなのかもしれないな」
カカシが子供達に求めているものが全く読めずに、ガイは首を捻った。
だからと言われても、実力に申し分なくこちらの指示にも素直に従う、
不合格にする理由はそこにはないように思える。
けれど、カカシにとってはどうやら違うらしいのだ。
「お前の合格基準とは………何なんだ」
「ん?知りたい?」
「ここまで立て続けに不合格にするんだ、気にはなる」
「……俺は、さ」
丸太木から背を離すと、身を乗り出すようにしてカカシはガイの顔を
覗き込むように見た。
「お前みたいな奴が、欲しいんだ」
その言葉にガイがますます分からないといった表情を見せる。
「俺のような…?」
「そ。何でもハイハイと言う事聞くようなお利口さんは要らないの。
アカデミーを卒業できたんだ、素質はあるんだから実力なんて
後からどれだけでもつけられるし、特にその辺は気にしてないよ。
最近の奴らは、みんな力ばっかりで……大事なものを忘れてる」
そしてその大事なものを自分は欲しているし、それらは全て、
この目の前に居る男が持っているのだ。
「それと……俺に何の関係があると…?」
残念ながら、その事自体ガイに自覚はまるっきり無いようだが。
苦笑を浮かべるとカカシはまた丸太木に背を凭れさせて、雲ひとつない
青空を見上げた。
「ガイ、お前と一緒に任務したことって何回あったっけ?」
「ん?……数えた事がないからよく知らんが、そう多くなかったと思うぞ」
「お前ってヤツは、ほんっとこっちの言う事なんか全然聞かなかったよな」
「そうだったか?」
「退けっていうのに突っ込んでいくし、様子見だっていうのに乗り込んでいくし、
構うなっていうのに………助けに来るし、な」
「む…」
自分じゃない誰かが部隊長を務めていたこともあれば、カカシ自身が部隊長として
率いていたこともある。
どちらにしたって、昔のガイは相当問題児であった。
いや、もしかしたらそれは今もあまり変わっていないのかもしれないけれど。
「………けど、それで実際切り抜けられたこともあったのは、確かだな」
「そらみろ」
「威張るなっての。
でも…俺は、ほんと言うとさ、お前のそういうトコロを羨ましいと
思ったことが何度もある。
そんな風になれたら……失わずに済んだものがきっと沢山あったと思う」
「…………カカシ、」
「俺は、お前みたいな奴をできるだけたくさん、一人前の忍にしてやりたい」
大人になってしまった自分達に、もう未来に思いを馳せ描くことは難しい。
今となっては、この木ノ葉を守っていく事とこれからの子供達に思いを受け継がせ
育てて行くこと、それぐらいしかできそうもない。
「俺は、お前のようになりたかった。
だけどそれは……今の俺にはもう、ムリだからな」
「そんなことを言うな!!」
ぐいと強くカカシの胸倉を掴んで、ガイははっきりと言い切った。
「これからの木ノ葉に俺のような人間が必要になるとお前が言うなら、
カカシ、お前のような奴だって絶対必要になる。絶対だ!!」
「ガイ……」
「確かにお前の言う通り、俺はそりゃちっともお前の言う事なんか
聞かなかったさ………けどな、それでも上手くコトが運んだのは、
そんな俺をちゃんと引っ張っていってくれる誰かが居たからだ」
「…………。」
「俺だって……お前のようになれたらと思った事など何度だってある。
でもな、それは違うんだ。俺もお前のようになれない。
だから……せめて、お前と並ぶことのできる人間で在りたかった」
掴んでいた手を離してガイはカカシの肩に両手を置く。
こつん、と胸元に額を押し当て、絞り出すような声で。
「やっと分かったんだ。
お前はお前、俺は俺だ。他の何かになんてなれやしない。
だけど………それで、良かったんだ」
過去に拘り苦しむ胸の内を持て余し途方に暮れるなら、自分がその腕を取り
引っ張っていってやればいい。
ひとつのものに目を向けると周りが見えなくなってしまうのが自分の欠点なら、
それを補って上手く操縦してくれたらいい。
それができるのは、お互いが個々のものであるからだ。
「もしかしたら俺達にはもう、子供達に後を託すことしかできないのかもしれない。
けれど己の理想を押し付けるのは、少し………違うだろう?」
「ガイ…」
「俺は俺、お前はお前、子供達は子供達…だ。
自分の理想で先走って、彼らの夢や希望や未来を潰してやるな、カカシ」
まるで懇願するような目でガイが訴えてくるのを、カカシは呆然としたままで
見つめていた。
どうしてだろうか、こういう所でいつも自分はガイより劣っていると感じる。
いや、劣っている、という表現は正しくないのかもしれない。
長い年月を共にして色んな出来事を乗り越えて、なのに少しも彼に追いつけた
ような気がしないのだ。
今だってこんなに近くにいるのに、彼の見ているものは自分などよりもっと
遠く広いところだ。
自分の目では決して、見えない。
「分かった………次で、最後にする」
「カカシ…」
ほっとしたような安堵の表情を向けたガイへ、カカシはにこりと笑みを浮かべた。
「次の試験で合格者が出なかったら、
俺はもう、部下は持たないよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ほう、コイツらがあのカカシに合格点をもらった奴らか」
「ガイさん……あの、一応コレ部外秘なので…」
「固いコト言うな、イルカ」
任務受付所で、ガイはひとつの資料を眺めていた。
部外秘なのは分かっているから、持ち出すことは遠慮しているのだ。
困ったように言ってくるイルカには構わず、ガイは興味深げに
資料に目を通す。
「うずまきナルト…うちはサスケに、春野サクラか……なるほど、」
新たに卒業した者の中では飛びぬけて目立っていた少年が2人。
一人は名門の出である天才エリートで、もう一人はひたすらに高みを目指す
落ちこぼれといったところだろうか。
自分の部下にも似たような2人がいるし、昔の自分とカカシにも似ている。
「これは…意外と良いコンビになるかもしれんなぁ……」
どうやらちゃんと聞こえてはいなかったようで、何か言いましたか?と
首を傾げてくるイルカに、ガイはそれ以上は何も言わずに黙って資料を
手渡したのだった。
<END>
今度はカカシ先生が7班の子達に出会う前の話で。
カカシ先生の理想っていうか…「チームワークが云々」というのは、
それまで個々で動いていた子供達にとってはハードルが高いんじゃない
かなって思ってみたりしました。
今まで共同で何かってきっとやった事がないだろうに、そこをいきなり
チームワークですからね。(苦笑)
なんだかんだで3人とも、他人を思いやれるような子供で良かったなぁと。
そんで、ガイを絡めてみたワケなんですが、リクエストにあったような
雰囲気に持っていけたならいいんですが。(汗)
今回は、両思いなんだけどすれ違い、というのがテーマなので、
お互いがお互いを思いやった上での噛み合わない会話、ってのを目指しました。
きっとこのカカシとガイの意見の相違は、これからもずっと噛み合うコトがないかなと。
漠然ながらそんな風に考えてます。
でも、合わないなりに認め合ってくれればいいな、と。
ちなみに周りといってもアスマぐらいしか出てこなくてホントすいません。
でも、アスマは気付いてるからこそガイに頼んだんだ、と思ってくれたら嬉しいです。
20万ヒット企画リクエストより頂きました、
「カカシ→←ガイで両思いなのにお互い気づいてなくて
(周りはみんな気づいてても○)すれ違い、な話。」
これにて任務完了。
リクエストありがとうございました!!