<The true value of the fact to live now.>

 

 

 

 

 

 

誰かが必死で名を呼んでいる。
呼び続けるその声が、眠りたいのに邪魔をする。
一言文句でも言ってやらねば気が済まない、そう考えて目を開けば。

 

「ガイ…!
 良かった、目が覚めた…!!」

 

視界に入ってきたのは、手を握り締めて涙が零れているのもお構いなしで
ホッと表情を緩めたカカシの姿だった。
ふと自分のことを顧みる。
身体は包帯でぐるぐる巻きにされ、よく見ればここは自分の部屋でなく病院だ。
身動ぎをしようとして、背中に走った激痛にガイが僅かに眉根を寄せた。
「……いたい」
「当たり前だ、刀傷だぞ!!
 当分痛むから我慢しろよ、お前得意だろ」
「別に我慢が得意ってワケじゃ…」
「五月蝿い黙れ。
 お前、今回ので懲りたら……」
「ん?」

 

「もう、俺に構うな」

 

 

 

 

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あれは、少し前の冬のことだ。
ネジとリーとテンテンを連れて、温泉へやってきた。
風呂でまったりしていた時に、ふと何かに気付いたようにリーは声を上げた。
「あれ、ガイ先生の背中……大きな傷があります」
「うん?………まぁ、古い傷だ」
「刀傷のようだな」
「……詳しいな、ネジ」
興味でも湧いたかリーと同じように覗き込んできたネジが言うのに、
ガイが素直に感嘆の言葉を漏らす。
「珍しいな、ガイが背中を取られるなんて」
「背中の傷は不名誉か?ネジ」
「…そうは言わないが」
忍は侍ではないのだから、敵に背を向けたとか、そういう不名誉な謂れを
受ける理由はない。
任務を遂行するために、敵を前に逃げることだってあるだろう。
ただ、そういう事ではなくて、彼の背にそういった傷がある事が
不思議に思えただけだ。
「それで…この傷はどうしてついたんですか、ガイ先生」
「ああ、俺がまだガキの頃にな、色々あってな。
 背中を刀でバッサリいかれた傷だからか……まぁ、陰で何かと言われたもんだが、
 だが………俺にとっては、大切なものを守った勲章だ」
「勲章…」
「そうだ、お前達も、守りたい大切なものがあったら、
 多少の傷など躊躇っちゃいかんぞ?いいな!」
豪快な笑みを見せてそう言いながら、ぐりぐりとリーとネジの頭を撫でる。
リーは元気良く返事をし、ネジは少しだけ迷惑そうな顔をしながらも、肯定した。

 

 

 

 

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「お、起きたかガイ、おはよう」
「…………、ああ」
目を開いた直後にすぐ隣から声がかかって、少なからずガイは狼狽した。
ちらりと視線だけを横へ向けると、うつ伏せに寝そべったカカシが
のんびり本など読んでいる。
相変わらず、何処が面白いのか良く分からない、あの本だ。
「どうかしたの、ガイ?」
「いや……」
カカシの言葉に短く返事をしたきりで何も言わないのを不思議に思ったか、
ちらりとカカシは自分と同じように横目で見下ろしてきた。
「夢を見た」
「夢?珍しいな、お前がそんな事言い出すの」
「まぁ……あまり覚えてる方じゃないからな、俺は」
「で、どんな?」
「………昔の、古い出来事だ」
ぽつぽつと、断片的に見たことを話す。
背中の傷の件は、カカシも当事者なのでよく知っていた。

 

 

 

 

下忍になりたてのガイは、複数の班が集まって行う合同任務の中にいた。
そこに同じようにしていたのがカカシだ。
下忍と上忍で立場は随分と違ったが、歳が近く以前からの知り合いという事も
あったので、更に細かく部隊分けされた時に同じ組にされてしまったのだ。
とある国への大掛かりな潜入捜査、そして諜報活動。
政府関連のかなり深いところへ潜らされた2人ではあったが、そこそこの
成果を上げていた。
そんな折だ、城中を甲高い笛の音が響いたのは。
相手側からの侵入者発見の報せ、ではない。
こちら側で万が一の状況が発生した場合に使用する事になっていた、
緊急用の笛だ。
「………誰かが見つかったみたいだな」
「逃げるか?」
「ああ、そういう手筈だっただろ。
 モタモタしたら俺達も見つかる、早く行こう」
見つかって捕まりなどしてしまったら、全てが水の泡だ。
顔を見合わせて頷くと、2人は城外に向かって走り出した。

 

 

 

 

「…で、見つかったんだったな」
「お前がヘマするからだよ、ガイ」
「俺のせいにするか…?」
本に目を落としながらさらっと言うカカシに、ガイは眉を顰めて
そちらの方を窺い見た。
「俺なんか庇うからだ」
「………、もしかして…カカシ、お前…」
つっけんどんな台詞に、ガイは思わず唖然とした表情を見せる。
もう20年近く昔の話になるというのに、まさかまだ。
「まだ、根に持っているのか…?」
「うるさいよ。構うなって言ったのに、あれからもずーっと
 付き纏ってくるんだから」
「…………はははっ」
「なーにがオカシイんだよ、お前はッ!」
思わず笑いが込み上げてきて口から零れると、カカシは読んでた本を放り出して
ガイの方へと掴みかかった。
うつ伏せになったままのガイの後ろ頭を勢いで枕へ押し付けると、はなせ、とか
くるしい、とか聞こえた気もするが、聞こえなかったフリをしてカカシはその
背中に乗り上げる。
すぐ目の前に、引き攣れた縫い傷が今も尚くっきりと残っているのを見て、
カカシは僅かに眉根を寄せ痛々しそうな表情をみせた。
「……こんなのが勲章?バカじゃないの?」
「ッ、バ、バカとはなんだ、バカとは!!」
首の力だけで押さえつけてくるカカシの手を押し返すと、聞き捨てならないと
視線を後ろへ向けた。
背中越しに見たカカシの目が、ほんの少しだけ、悲しそうに揺らいで。
「ぉわっぷ!!」
「やっぱバカだ、お前。バーカ」
ばすっともう一度ガイの頭を枕に押し付けると、カカシはその傷へ唇を寄せた。

 

 

 

 

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真っ白い天井、薬品の臭い、静寂の中に感じる確かな気配。
微かな足音がして、ガイは視線をそちらへ向けた。
「……よう、カカシ」
「よう、じゃないでしょ」
はぁ、と吐息を零してカカシは手近にあった椅子を持って来て
ベッドの傍らに腰掛ける。
病院のベッドの上にいるというのに、ガイの反応はいつも元気だ。
「何回同じ事言わせたら気が済むの、お前」
「構うな、ってか?
 それこそ何度も返事をした筈だがな、俺は」
「お断りだ、ってヤツ?」
「ああ!!」
白い包帯を巻きつけた腕を布団の中から出して、ガイはぐっと
親指を立てた。
それにますますげんなりした表情を示して、カカシは頭を抱えると
重苦しいため息を漏らした。
「……庇われる方の身にもなれって言ってんだよ、俺は」
「ん?」
「俺を庇ってお前に何かあったんじゃ、立ち直れない」
「ふむ……体が勝手に動くんだから仕方ないだろうが。
 だがまぁ、とりあえず今のところ、俺はこうして生きているぞ」
「ああ、相変わらずぶっとい生命線だこと」
少し嫌味を混ぜたつもりだったのだが、そんな事に気付いていないのか
ガイは満面の笑みを見せる。
「なぁ、カカシ」
「………なんだよ」
顔を上げたカカシの左腕を取って、服の袖を肘まで上げる。
そこから現われた大きな傷を、ガイは眩しそうに目を細めて眺めた。
「これは、カカシが俺を庇った時についた傷、だったろう?」
「………ああ、そうだ」
「大事なものを守ってついた傷を勲章だと言う俺を、
 お前はまだバカだと言うのか?」
傷を見つめていた視線を持ち上げて、ガイはカカシの顔を見る。
彼はどこか、虚を突かれでもしたかのように、軽く目を見開いて、
やがてその目はゆっくりと閉じられた。
「ああ………バカだな」
「…………。」
「それで、俺もきっとお前と同じぐらい、バカなんだ」
だから大事なものの危機には、何度だって飛び出してしまうだろう。
この猪突猛進な男も、そしてきっと自分も。

 

 

助けられたことに礼は言わない、それがお互いの暗黙の了解だ。

その代わり、今ここに生きていられる事を感謝する。

自分と、そして彼とが、共にこうして生命を長らえていることを。

 

 

「……なぁ、ガイ」
「ん?」
「生命があって良かったな、俺らさ」
しみじみとそう告げるカカシに、ガイは一度寝返りをうつと、
ああ、と小さな声で答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

<END>

 

 

 

 

 

 

なんだか分かり難い話でごめんなさい。
こんな風になるならいっそ普通に書けば良かったかもと
最後の方になってちょっと後悔。(苦笑)

きっと子供の頃のカカシはああやって庇われてガイが代わりに
怪我をしてしまうのが凄く嫌だったから、庇われる必要がないぐらい
強くなってやるんだって決めて一杯修行するんだ。
で、どんどん強くなっちゃって、任務内容のランクがだんだん上がっていって、
危険な任務に放り込まれるようになっちゃって、余計危ない目に合うんだ。
そんな悪循環に、おバカなカカシは大人になるまで気が付かない。
気が付いた頃には、もう忍として行き着くところまで行っちゃってんだ。(笑)

そんなイメージ。

 

20万ヒット企画リクエストより頂きました、
「カカガイで、カカシを庇って怪我をしてしまうガイ」、これにて任務完了。
意外にもこのリクされる方多かったです。(笑)
リクエストありがとうございました!!