「お前さぁ、もう辞めたら?」
「何を言い出すんだ」
「だから、暗部」
これは少し昔の話。
カカシとガイが、暗殺戦術特殊部隊に属していた頃の話。
「お前がこの部隊に拘る理由が分かんないんだけど」
今日も、また、人を殺した。
この部隊では他の忍の任務とは少し違う事を目的とする。
メインはやはり、殺しだ。
退かせるのでも戦意を失わせるのでもなくて、殺すことが目的となる。
見逃すなんてナンセンス、どこまでも追って、追いつめて、そして斬る。
「お前には向いてないよ、ガイ」
「任務をこなせる程度には力を蓄えたつもりなんだがな、」
「そうじゃなくて、ココの問題」
トン、とカカシが指先で突付いたのは、ガイの左胸。
殺しを目的とする任務では、何よりもまず相手を切り捨てる冷淡さが
必要になる。
それに引き換え、彼は余りにも感情的すぎるのだ。
「一応、これでもお前を心配して言ってるつもりなんだけど?」
「気持ちだけ受け取っておく」
「…どうして拘るんだ?」
「…………。」
余りにも場にそぐわない彼は、きっといつか戦場で命を落とす。
そうでなくても、今だって少しずつ昏くなっていく、その目が。
太陽のような温かさが、闇に覆われて冷えてしまう。
「見てらんないよ、実際」
「…それはこっちのセリフだ」
「どういう意味だよ」
「まぁ、……分からんなら、それでいい」
「なにそれ」
曖昧な言葉で視線を逸らしてしまったガイに、カカシが僅かに目を細めた。
なんだかんだで根が真面目なガイは、思った以上に正確に任務を遂行する。
殺せと命じられれば、ためらわずに。
卓越した疾さで走り抜け、己の掌ひとつで、逃がす事無くその首を手折るのだ。
その反面で、殺めるという行為に無意識であれ抵抗が存在しているのは事実。
実際のところ任務を重ねる毎に、彼は笑うことを忘れていった。
彼がこの部隊に属されて、3年。
もうそろそろ良いんじゃないかと思うのだ。
本人の意思はどうあれ、見ているこちらが耐えられそうにない。
『カカシ! 俺と勝負しろ!!』
この言葉を聞かなくなって、どれぐらい経っただろうか。
三代目火影の部屋で、カカシは頭を下げていた。
「ふむ………だがなぁ、」
「アイツは……この部隊に向いてません、優しすぎます。
暗部から外して下さい」
「…ま、気持ちは分からんでもないが……」
被った笠の下で困ったような吐息を零すと、火影は微かに口元を歪める。
天井を仰ぎ見て、彼は気さくに声をかけた。
「…だそうだ、お前はどう思っとるんだ、ガイ?」
え、と間抜けにも驚いた声を上げてカカシもその方を窺い見る。
気まずそうな表情のまま、天井から降ってきたのはガイだ。
なるほど、これはどうやらいっぱいいっぱいのようらしい。
まさかあのカカシが、彼の気配に気付いてすらいなかったとは。
「カカシ……余計な事を…!!」
「だってお前、俺が言っても全然聞かないしさ。
こりゃもう直談判しか無いでしょうが」
「いらん事を言うんじゃない」
「だーから、俺はお前を心配してんの。
合わない部隊に配属されたために命を落としたんじゃ、
シャレになんないでしょ?」
「それをお前が勝手に決めるな!俺はまだやれるぞ!!」
「客観的事実を言ったまでだって。
お前のその意固地さと自信はどっから来るわけ?」
「フッ、愚問だな、カカシ。俺はお前のライバルだぞ。
それ即ち!お前に出来て俺に出来ない事は無いということだ!!」
「………あのさぁ、いい加減にしないと俺も怒るよ?」
「だったら今此処で決着をつけるか!?」
「ええ加減にせんか!!」
怒鳴り声と共に頭上に降ってきたのは拳骨だ。
一触即発のそれを拳ひとつで止めたのは、さっきからずっと見ていた
三代目火影である。
等しく拳を見舞ってから、火影は腕組みをして溜息を零した。
「カカシはガイを心配して暗部から外せと言う。
ガイはカカシが出来るのだから自分にも出来ると言い張る。
本当にお前たちゃ難儀だな……」
頭を押さえてしゅんと項垂れる2人を交互に見遣ってから、
暫し思案するように火影が目を閉じた。
そして何かを閃いたように、ポンと手を打って。
「それじゃ、こうしようかい?」
夕刻、メシ屋に居たカカシに声をかけたのはアスマだ。
「よぉカカシ、噂は聞いたぜ」
昼間の攻防はあっという間に周囲に伝わっていったらしい。
肩にポンと手をかけて、煙草をふかしながらニヤニヤ笑みを浮かべ
からかうように言ってくる男に、カカシがげんなりとした
視線を向けた。
「お前とガイ、2人揃って暗部クビになったって?」
やっぱり知ってるわけね、と吐息を零すカカシの正面へ腰掛けて、
アスマがテーブルに肘をつく。
暗部特有の仮面は既に取り上げられていて、格好は自分達上忍と
同じものだ。
エリートと言われていたカカシの今の状況に、どうしたって
笑いが止められないのは仕方が無い。
「……なんでこんな事になったんだか」
「ははは、見事にガイの作戦勝ちだな」
「まったく…………って、え?」
「ありゃ、知らなかったのか、もしかして」
口を滑らせてしまったかと顔を顰めるアスマに、カカシがずいと詰め寄る。
「どういう事だ、それ」
「………いや、まぁ……その、」
「言えよ」
「う……」
「言わないと、もう二度とメシ奢ってやんないよ」
「ああ、いや!待て待て!!」
それは困ると慌てて手を振って、アスマがあーあ、と声を漏らす。
とはいえ別に口止めされていたわけではないから、これはタイミングが
悪かっただけだと前向きに考える事にした。
今のアスマにはメシを奢ってもらえなくなる事の方が一大事だ。
コホン、とひとつ咳払いをすると、どう言ったものか少し考えてから
ゆっくりと口を開いた。
「アイツはな、お前を暗部から外したがっていたんだ」
「………なんで、」
「ガイ曰く、『カカシはもう少し陽に当たる事を覚えるべきだ』…だとさ」
「何言ってんだか…別に暗部は夜しか活動しないわけじゃないだろ」
「そう言うと思ったけど………ま、俺が言えるのはそれだけか。
あとは自分で考えるこったな」
短くなった煙草を灰皿で揉み消すと、アスマはニッと笑みを浮かべて
椅子から立ち上がった。
分からないならそれでもいいし、分かっても気付かないフリをするなら
それもいいと思う。
背中越しに手を振って店を出ると、アスマは新しい煙草を咥えて火をつけた。
日暮れの橙色をした空を背景に、白く煙が立ち上る。
「………面倒臭い奴らだな」
大切なものを全て失って闇に生きる事を決めたバカが、大切なものなど
次から次へと増えていくものなんだという事に、早く気付けば良い。
そしてそれをこんな遠回しでしか伝えられないあの男も、大概にバカだ。
夕暮れの公園で、珍しくガイを見かけたので声をかけた。
何をするでもなくただ噴水に視線をやったままで、ベンチに座って
彼はただそこに居た。
「何してるのよ、珍しいわね」
いつもなら、彼はこんな風に時間を持て余したりはしない。
任務についている以外の時間は、大抵己の鍛錬の時間に当てているからだ。
「なんだ、紅じゃないか」
「ご挨拶ねぇ。こんな所に居るアンタが珍しいんじゃない?」
「…そうか?」
隣に腰を下ろすと、紅がああそうだ、とポンと手を叩く。
「暗部、外されたって聞いたわよ」
「まったく、広まるのが早い」
「そりゃあ、あんな外され方しちゃうとねぇ」
火影の前で喧嘩をした挙句の末路なんて、恥ずかしいにも程がある。
「でもまぁ、良かったじゃないの。
辞めさせたかったんでしょう?」
「ああ」
「もうすぐアカデミーの卒業試験があるから、じきに誰かの面倒を
見ることになるわよ」
殺し合うだけではなくて、人と触れ合う事を思い出したら、きっとまた。
「アイツもまた、笑うようになるって」
笑うことを忘れ、全てを捨て去るかのように切り捨てていくカカシの姿を
一番案じていたのはガイである。
腐れ縁とも言う間柄で中忍の頃から見てきたガイは、誰よりも早くその
危うさを知ったものだ。
だが、仲間が死に友が死に、家族や師まで失った彼にしてやれる事など
自分に思いつく筈も無く、結局できた事と言えば自分も彼と同じ位置で
ずっと見守っていくことだけだった。
「あら、噂をすれば何とやら、ね」
ザッと土を踏みしめる音がして、ガイが足元へ向けていた視線を持ち上げる。
昼間にも合わせた顔が、あの時と同じ表情で佇んでいた。
何かを探しているような、だけど何を探しているのか分からないような、
そんな目で。
「どうした、カカシ?」
「いや、ねぇ…………ガイ、俺と勝負してくんない?」
かけられた言葉にガイが目を丸くして口を噤んだ。
それもそのはず、今までは一方的にライバル視してるガイが勝負を持ちかけて
ばかりで、カカシの方から勝負しようなんて言葉をかけられた事など、一度も
なかったからだ。
「……どういう風の吹き回しだ?」
「ま!たまには俺から挑んでみるのもいいかなぁって思っただけだよ」
そのかわり手抜きは一切しないからヨロシク、そう飄々と言うカカシに、
自然とガイの表情に笑みが宿る。
どうやら受ける気は満々のようで、苦笑を零した紅が立ち上がり、
公園を破壊しちゃダメよ、と言い残して去ってしまった。
「さて、何の勝負にする?」
「それはガイが決めていいよ」
「折角お前からの挑戦なんだ、それぐらい譲ってやる」
「そう?それじゃあ……」
交わし慣れた会話をしながら、カカシはぼんやり考える。
さっきの2人の話は偶然通りがかった自分にも聞こえてきたし、
聞こえてしまえば気になるもので、最後まで盗み聞きしてしまった。
人と触れ合う事を、忘れたことなんかない。
だけどもしかしたらそれは、彼が忘れさせないでくれたのだろうか?
「じゃんけんにしよう。勝負には運だって大事だからさ。
せっかくだし負けた方が、なにか一つ秘密を喋ること、ね」
秘密か、と渋い表情を見せるガイを眺めて、カカシが僅かに視線を綻ばせた。
自分が勝ったら今回の件についてを、この男に全部吐いてもらうとして、
自分が負けたら、少しぐらい本心を見せてみようか。
勝手にライバルとか言い張ってる奴だけど、自分にとって結構大切な奴なんだ、ってこと。
「じゃ、いくよ?」
「ああ、いつでも来い!」
「…………。」
「…………。」
「「 ……じゃんけん!! 」」
勝敗は、本人達以外誰も知らない。
<終>
自分的カカガイ観を詰め込んでみました。
お互いがお互いを気にかけているっていうか、
なんだかんだで結局腐れ縁みたいな。
別に何かをどうにかしたいわけじゃなくて、
気がつけば一緒にいて、なんで一緒にいるのかよく分からないけど、
だけど姿が見えなかったら、なんでいないんだろうってすっごい
気になっちゃってソワソワするイメージですか。
つかず離れずみたいな、そんな関係がベストです。
まぁ、その状態を見守る第三者的には、余りにもハッキリしなさすぎて
イライラしてくるのかもしれませんが。(笑)
紅は楽しんで見守りつつ、そういうところを歯痒く思ってるとイイ。
アスマは何か知らないけどとにかく楽しんで見てるとイイ。
そんなフォーマンセルでお願いします。(えー)
あ、ちなみに。
今回のは完璧に過去捏造系でスイマセン。
でも一回はやってみたかったのさ、暗部ネタ。
…いや、脱・暗部ネタか?(爆)