「バカね」

 

面と向かって、馬鹿なんて言われたのは初めてだった。
だけどそれも仕方ない事なのかもしれない。
何故なら。

 

「だって、ずっと見てるじゃない」

 

こんな気持ちになること自体が、初めてだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日向家の庭、陽だまりのできた縁側。
盆に乗せられた湯のみからは、淹れたての茶の香り。
そして盆を挟んだその向こうに座っているのが、テンテン。

 

 

唐突に姿を見せたその理由を問えば、暇だったから遊びに来た、という
如何にも子供らしい言葉と笑顔と、手には近くの店で買ってきたのか
団子の包みが抱えられていた。
一応ひとつの班として共に行動しているネジとしては、そう言われると
追い返すわけにもいかずに、視線だけで一瞥する。
ヒナタ辺りならそれだけで肩を竦めそうなものなのだが、テンテンは
慣れてしまったのだろう、特に何か反応してみせることも無く、
手土産ね、と包みをネジに手渡したのだった。
「何の用だ」
「だぁから、遊びに来たって言ってるでしょ?
 分家の方に顔出したら、宗家の方だって言われてね、
 折角此処まで来たんだからと思ってさ」
「あ……テンテンさん…」
渋い顔をするネジに言い返して舌を出して見せていると、丁度そこに
通りがかったのがヒナタで、テンテンは言葉に出さなかったものの
ナイスタイミングと胸の内でそう呟いた。
「こんにちは」
「遊びに来ちゃった、急にゴメンね」
「いえ…あ、お茶を淹れてきますから……」
「お気遣いなく〜」
ヒラヒラと手を振って答えたが、遠慮がちな笑みを見せただけで
ヒナタは足早に歩いていく。
相変わらず人見知りは激しいようだ。
それでもこうやって言葉を交わしてくれるようになっただけでも
進歩だろうか?
今まではずっと、誰かの背中に隠れて俯いているだけだったのに。
いや、恐らくは。
「うーん、ナルト効果、ってやつ?」
「まったく…ヒナタ様の気が知れない」
あんな落ちこぼれの何処が良いのか、なんて視線で語ってはいるけれど。
それがあんまりにも可笑しかったものだから、思わずテンテンは声を
出して笑った。
あからさまに気を害した風な表情を見せたのはネジだ。
「………何がおかしい」
「ん〜?
 いーえー、何でもないわよ」
「嘘を吐くな」
「…言っても良いけど、聞いたアンタの方が後悔するわよ」
日当たりの良い縁側に腰を下ろして機嫌良く言うテンテンに、ネジが
訝しげな視線を寄越す。
だがそう言われてしまうと気になるのが、人間の性分というものだ。
そしてネジだって、そんな人間である。
「気になる、言え」
「そう?……じゃあ言ってあげるけど。
 結局、血は争えないのよねーって、そんな話」
「……何が言いたい?」
「アンタだってそうでしょう?」
茶の入った湯飲みを乗せた盆を手に戻って来たヒナタにありがとうと
笑みで返しながら、あくまでネジに意識を向けてテンテンが言う。
込み入った話のように感じたヒナタがそこで去ろうと腰を上げたが、
その腕を掴みウインクひとつでそれを遮ったテンテンは、更に言い募った。

 

「落ちこぼれの何がいけないの。
 大切なのは力だけかしら?」

 

いけないとはネジも思わないし言ってもいない。
だが、忍として生きていくのであれば、欠陥以外の何でもない。
「アンタよりずっとイイもの、持ってるわよ?
 ナルトもヒナタも………リーも、ね」
「悪いとは言ってない。
 忍者には向かないと言っただけだ」
「やってみなきゃ分かんないって、ガイ先生だって言ってたでしょ?」
「あの人は詭弁が多すぎる」
「違うわ、真実よ………違うわね、真理ってやつ?」
「馬鹿な」
「アンタもね」
2人の会話を聞きながら、ヒナタはこくりと首を傾げた。
気がつけば話題が摩り替わっている。
本題が見えない。
見えないというよりは、分からないように仕向けているのだろうか。
「自分に無いものを持っている相手に惹かれるっていうのは、自然な事よ」
「………ナルトか?」
「違うわ、リーよ」
そこで漸くネジにも、話題の人物が変わっていることに気がついた。
これだから女はあなどれない、と小さく舌打ちを零す。
「そうか、テンテンはリーの事が好きなんだな。
 それは分かったが、それが俺に何の関係があるって言うんだ?」
「確かに私、リーのこと結構好きだけどね、それは違うわ」
「何が違うんだ」
「だって、」
湯飲みの茶を揺らして起こる波を見つめながら、テンテンが薄く笑みを見せる。
漸くヒナタにも話の全貌が掴めてきた。
そしてここまで話をぼやかすのは、きっと恐らく彼女は、自分で気付いて欲しいと
思っているのだろう。

 

「今話してるのは、私の事じゃないもの」

 

盆を挟んだ向こうに座っていたネジが、訝しげに眉根を寄せる。
やはりそうかとヒナタが思い至り、そして珍しいものでも見るかのような
視線をネジに送った。
意外と言えば意外なのだが、納得できない事も無い。
中忍試験の後、この宗家で父親と修行を積むようになり、その傍らで何気ない
日常を会話する時によく聞く名前があった。
ロック・リーという名の少年は、忍術も幻術も使うことなく、あの中忍試験を
勝ち上がってきたのだという。
だが二次試験で当たった相手が近く風影に就任するという砂の国の人間で、
彼はよく健闘をした、ただ相手が悪かっただけだ、そう何度も言っていた。
その頃まだネジにはある種の驕りがあって、ナルトとの一戦で変わったのだと
思っていたのだが、もしかしたら。
「まだ分からないのね、アンタって人は」
「…だから、」
「ネジ兄さんの事なんでしょう?」
ぽつりと呟いて2人の視線を受けたヒナタは、思わず顔を俯かせる。
「ヒナタ……あんたね」
「あ!ご、ごめんなさい………つい、」
「まぁいいわ、要はヒナタですら焦れったいって思ったワケなんだから」
肩を落として小さくなってしまったヒナタの背を叩いて気にするなと言うと、
テンテンがお茶を一口喉を滑らせた。
「答えを言われちゃあ、しょうがないわね。
 私はさっきから、ネジの事を指してたつもりだったんだけど?」
「俺…?」
「好きでしょう?」
「………馬鹿な」
有り得ない、とネジが首を横に振る。
彼は自分にとって取るに足らない相手だ。
お人好しの、馬鹿みたいに優しい、強くなるために命懸けで上を目指す、
口を開けば『努力』という言葉しか出てこないような、そんな。
「どうして……テンテンはそう思うんだ?」
「バカね」
視線を向けて訊ねると、心外だったか眉を跳ねさせてテンテンが声を上げた。

 

 

「だって、ずっと見てるじゃない」

 

 

あれだけあからさまに視線を向けているのに、気が付かないのは
鈍感師弟ぐらいのものだ。
よもやまさかネジまでが無意識で、だとは思えない。
「意外と可愛いトコあるのね、ネジも」
「な…ッ」
「認めちゃえばラクなのに、そうできないのも複雑よねぇ」
自分の事でもないのにそう呟いて物憂げな吐息を零すテンテンの表情は
これ以上ないぐらいに面白がっている。
「あら……弁解は無いのかしら?」
「俺に何をどう言えと」
むっつりと不機嫌そうな表情を隠しもせずに、ネジがそう苦々しく吐き出す。
認めてしまえと、彼に対して持っている特別な感情を、認めてしまえと。
できるなら苦労はしない、そうできないのは何よりリーの為なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!!二人とも此処に居たんですか!!」

 

突然、門の向こうから声が聞こえ、程なくして黒いおかっぱ頭が
駆けて来る。
それはつい今しがたまで話題の中心に居た人物で、何て間が悪いの、と
内心テンテンが舌打ちを零していた。
来てしまった以上、話は此処で打ち切りだ。
「どうしたの、リー?」
「任務が入ったんです。
 ガイ先生が、準備を整えて1時間後、いつもの場所に集合って」
「……ハァ、人使いが荒いわねー」
「何を言うんですかテンテン!!これも修行です!!」
「はいはい」
「では僕も準備がありますので、また後で!!」
シュビ、と片手を上げてみせると、話題の人物は驚くべき身のこなしで
塀を越え姿を消した。
「……ついこないだまで、重傷だったとは思えないわね、アレ…」
「まぁ、それがリーだ」
「タフさがウリって?…言えてるわ」
装備を整えるためには、ネジもテンテンも一度自宅へと戻らねばならない。
漸く重い腰を持ち上げた2人に、その姿を見上げていたヒナタがくすりと
小さく笑みを覗かせた。
彼は優しくなったと思う。
人は変われるのだという事を教えたのがナルトなら、思いやるということを
教えたのは、きっとあの人なのだろう。
「認めてしまうと………戦えないもの…」
「ヒナタ?」
「リーさんへの気持ち……認めてしまうともう、本気で戦えないもの……。
 だから……ウソをついているんだわ」
「ヒナタ様…!!」
咎めるような声音にも以前のような鋭さは感じられず、もう彼を怖いとは
感じない。
場が悪いと踏んだか、ネジはそれ以上何も言わずに1時間後だな、と言って
姿を消してしまった。
あんぐりと口を開けたままのテンテンに、ヒナタがくすくすと笑いを零す。
「あー…そういう事ね、そういえばリーってば、まだネジを倒そうと
 考えてたんだっけ………厄介な事ね」
「ネジ兄さんは、優しくなったわ……」
「アレは不器用っていうのよ」
肩を竦めてそうぼやくと、テンテンもそれじゃあね、とヒナタに告げて
姿を消した。
あっという間に誰もいなくなった縁側から、静かな庭を眺めて、
ふとヒナタが思い出す。
ネジと同様に自分にも白眼という能力を持っているから、分かってしまうのだ。
さっき突然にリーが姿を現した時、間違いなく彼のチャクラは乱れを見せた。

 

「ネジ兄さんが動揺するところなんて……滅多に見れないわ…」

 

これは貴重な瞬間を目撃してしまったのかもしれない。
口元を綻ばせると、ヒナタは空の湯飲みが乗った盆を手に、室内へと
下がっていったのだった。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

時期的に、ナルトが修行に出た少し後ぐらいの話かな??
コミックスを最初からぶっ通して読むと、ネジの変化が手に取るように
分かって面白いです。(笑)
ちょっとずつ角が取れて丸くなっていくカンジ。

 

リーはもうアレだね、癒しだね!!(言い切った!)