分かっている、これは究極のデメリット。
忍術を使えない忍なんて。

 

だけど、それでも。

 

 

 

それでも、目指したかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分に持っているもの全て、出せるだけ出して、
それで手に入れたものは一体何だったのか。
足りない力を補うために必要な代償とは、一体如何ほどのものか。
結局、アイツは全てを失ってしまった。
あの時の上忍の会話は自分の耳にも入っていたから知っている。

 

二度と、忍として活動する事は不可能だ、なんて。

 

命を賭してまで目指したかった場所へは、終ぞ辿り着くことが
叶わなかったということか。
認めよう、アイツは強い。
だがその強さはきっと、色んなものと引き換えに得たものだ。
何も失う事無く全てを手にしている奴とは、明らかに違うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

『だけど、僕は後悔なんてしていない』

 

 

具体的にこう、とは言えなかったが自分の中にもまだ僅かな
疑問が燻り残っていて、それがどうしても気になってしまったのと
解消してしまいたかったという理由で、病室を見舞った。
また抜け出して鍛錬していたのがバレてしまったのだろう、アイツは
少し不満そうな表情で窓の外へと視線を向けていた。
この分なら、まだ何度も抜け出すような気がする。
アイツは俺の姿を認めて、珍しそうに眉を跳ねさせた。

 

 

『持っているもの全てを出して、それでも負けてしまったのだから、
 それは認めなくちゃいけないけど、だけどね、ネジ』

 

 

傍の椅子を勧められたので、言われるままにそこに腰を下ろした。
調子はどうだ?と訊ねるとボチボチです、という返事。
それはつまり、あまり良くないという事なのだろう。
それが分かるぐらいには、コイツの事を理解しているつもりではある。
この先コイツはどうなってしまうのだろう?
よもやまさか、このままずっと病床に臥せったままとは考え難い。
とはいえ上忍の言葉のままでいけば、忍を目指す事はもうできない。
所謂、普通の一般人として生きるしかないという事か。
ちょっと想像はし難いが、それが一番妥当な道だ。
色々話したい事があったわけじゃない。
元々話すという行為自体が得意なわけではないから、訊きたい事だけ
訊いてしまって退散してしまった方が賢明だ。
「………これから、どうするんだ?」
「さぁ、どうなるんでしょうね」
余りにも直球かもしれないとは思ったが、ここまで共にやってきた仲だ、
今更色んなものをオブラートに包んで話す事も無いだろう。
そう思ってかけた言葉の返事は、想像以上に投げやりだった。
「…自分の事だろう」
「例えそうでも、分からない事はありますよ」
「……まだどの可能性も、捨てきっていないという事か」
「さすがネジ、察しが良いですね」
上体を起こした格好で穏やかに笑むその姿に、何故だかとても苛々した。
どうして認めようとしない?
お前の、その身体は、もう。
「いい加減にしろ!!
 お前はもう、忍になる事はできない…もうお前だって分かってるんだろう!?」
「………中忍試験は今回だけじゃないですよ、ネジ?」
「そういう事を言いたいわけじゃない!!」
「あのね、ネジ、聞いて」
貴方は思考が偏り過ぎな上に頑固なところが欠点ですよ。
そんな事を言って、コイツは小さく苦笑いを零す。
諦めたくは無いんです、って。
確かそれは前にも聞いたような気がする。

 

 

『負けた事は認められます、けれど、諦めることは認められません。
 諦めてしまったら、僕の歩く道が無くなってしまうから。
 だからこんな身体でもまだやれる事を探せるし、後悔もせずに済むんです』

 

 

詭弁だ。
そう自分に言い聞かせて、踏ん張っているだけだ。
なのにそう言ってやれないのは……どうしてなのだろうか。
「怒られてしまうから余りできないんですが、
 一週間前は30回しかできなかった片手腕立て伏せが、
 昨日は150回までできるようになったんですよ。
 これってちょっと凄いでしょう?」
そう言って嬉しそうに笑うコイツに、俺はもう何かを言う術など
無くしてしまっていた。
言えるわけがない、諦めろなんて、無理だ、なんて。
「……まだ、上を目指すつもりか?」
「モチロンですよ!」
「そうか……じゃあ、頑張れ」
「ッ!?」
大きく目を見開いてまじまじと見てくるその視線に耐え切れず、
俺はそろそろ退散する事にした。
椅子から立ち上がると、あの、と遠慮がちな声が上がって、
視線を向ければ嬉しさを隠しもしない表情の奴がいて。
「ありがとうございます、ネジ」
「お前が降りないと言うのなら仕方無いだろう。
 入院している分、俺達はお前より少し先を歩いてしまうが…
 それも仕方無い事だ。お前なら後悔しないんだろう?」
「……う。いじめですか、ネジ」
「お前より現実を見ているだけだ。精々養生しろよ」
言いながら、自然と口元が綻ぶ。
驚いてそれを隠すように口元に手をやれば、珍しい、とまた声が上がる。
「…何がだ」
「ネジの笑う顔は貴重ですからね、良いもの見ました、幸先良いです」
「言ってろ」
これ以上からかわれるのも御免なので、アイツを見る事もせずに
さっさと病室を出ようとドアを開けて……そこで振り返ってしまったのが
間違いだったのかもしれない。

 

「………ッ、み、見ないで、下さ……ッ、」

 

慌てて服の袖で顔を隠しても、そんなのはもう遅い。
見てしまったんだ、全部。
泣くほど辛いなら最初からそう言えば良かったんだ。
本当に、本当に馬鹿な奴だ。
「諦めてなんか、ないんです。
 絶対に、復帰するんです…ッ」
だけど俺は、コイツがこんな顔で泣く姿なんて見た事が無い。
だって、どんなに強い相手にのされても、悔しがる事はしても
涙なんてひとつも見せなかった奴だから。

 

「俺達は先に行くが、まだ同じ道を走っているんだ、
 お前ならきっと追いついてこれる」

 

 

ああ、何を言っているんだ、俺は。

 

 

「待ってるから、必ず追いついてこい、リー」

 

 

あの熱血担当上忍に感化でもされてしまったか。

 

………笑えない冗談だ。

 

 

 

 

また来る、そう言えばまた驚いた顔をして、
今度は涙に濡れたままの顔で、それでもアイツは笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

究極のデメリットを背負って、それでもアイツは走り続ける。
放棄しなかったリーはまだ俺達と同じ道を歩いていくだろう。
けれどその道は、その距離は、きっと長く遠いものだ。

 

 

 

 

それでも、何故だか俺は待ってみようかと、そんな風に思ったんだ。

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

なんかまたけったいなモノを書いてしまった…。(笑)
思った以上にガイ班の連中がディープで、気がつけばすっかり
メロリンラブ(byエロコック)になってた自分が怖いです。

つーか自分、10巻を何度読み返しても目頭が熱くなるんですが…!!(マジで)

 

ネジリー推奨派なんですが(我リーも別枠で好き)、敢えて今回は
ネジとリーな雰囲気に持って来てみました。
深読みすればネジ→リーに見えなくもないトコロがアレなんですけどね。

ネジは、リーを見つめて自分に何が足りないのかを少しずつ知っていけばいい。

気持ちはそんなカンジですね。