「おいコラ、カカシ起きろ!!」
げし、とソファで寝そべる上司を足蹴にしながら、サスケは不愉快そうに眉を顰めた。
よくもまぁ飽きもせず日がな一日ゴロゴロしていられるもんだ、と。
「……痛いなぁ、何するのイキナリ」
「アンタがゴロゴロしてるせいで、足りないもんができたんだよ」
「足りないもの?なに??」
ゴロ寝しながら読んでいた本を傍らに置いて、カカシが面倒臭そうに起き上がる。
その眼前にサスケが突きつけたのは、通帳と米びつ。
「金も米もねぇんだよ、クソ上司」
<持つべきものは友というけど最終的にはやっぱり身内>
ま、無いものは無いんだから。
暫くの間を置いて出てきた上司の言葉はこんなものだ。
頭痛のしてきたこめかみを押さえ、サスケがどうするんだよ今日の晩メシ、と
唸るように訊ねる。
自分とカカシだけでなく、サクラやリーまで居るのだ。
ちょっとやそっとの量ではどうにもならない。
「どうするって…」
「仕事は明日も明後日も待てるかもしれねぇけどな、こっちはそうもいかねぇんだよ。
上司としてどうにかしろよ」
「うーん……」
詰め寄ってきたサスケにそう言われ、少し悩んだカカシはそうだ、と手を打った。
「それじゃとりあえず、今晩の分はタカリに行こうか」
「え…?」
「サクラとリーくんが戻ってきたら行ってみるか」
「何処行くんだよ」
「んー……」
ボリボリと頭を掻いて、カカシはそれ以上は何も言わずに2人が帰ってきたら起こせと
それだけ告げて昼寝を始めてしまった。
これ以上問い詰めても無駄だと悟ったサスケが小さく吐息を零す。
「……仕事しようって気は結局ねぇんだな……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「帰れ。」
「え、うそ、ちょっとアスマ!!
第一声がいきなりソレ!?」
夕方、遊びから帰ってきたサクラとリーも連れてカカシがやって来たのは
真選組屯所である。
入り口に立っていた隊士に「ガイ呼んで来てくんない?」と頼んだ結果がコレだ。
「大体俺、アスマなんて呼んでないんだけど。
ガイ呼んでって頼んだんだけど。
なーんでお前が出て来るかなァ!?
一体どういう部下の教育してるんですかー!?」
「うっせぇ!!お前に言われたかねーんだよ!!
此処はなぁ、基本的に部外者は立ち入り禁止になってんだよ。
今更お前が此処に何の用だ?あァ!?」
「いやちょっとお金ないんでご飯タカろうかなって」
「アンタはもうちょっと恥と外聞を知れェェェ!!」
門前でぎゃあぎゃあ言い合っているカカシの背後から、サスケの蹴りが
豪快に炸裂した。
が、地面を転がっていったカカシの身体は途中で丸太に変化する。
どうやら変わり身を使われたらしく、サスケはチッと忌々しそうに舌打ちを零した。
門の屋根瓦にしゃがみ込んだカカシがやれやれと肩を竦める。
「危ないなぁサスケ。
折角お金もお米もないっていうから、連れて来てあげたのに」
「頼んでねぇし。つーか何で此処なんだよ!!」
「いや、コイツら無駄に高給取りだからさ」
「無駄って言うな、駄目人間が」
下に降りて来たカカシにそうツッコミを入れて、アスマが渋面を張り付かせた
ままで腕組みをする。
「オメーの金の無さは自業自得だろうが。
嫌なら真面目に働けよ、バカヤローが」
「俺みたいな自由業だとね、無い時には無いもんなのよ。
そういう時こそ持つべきものは友でしょうが。
だからガイ出してって言ってんのよ」
「そんなくだらねぇ理由で此処に来るんじゃねぇつってんだよ。
サイ、塩撒け!塩!!」
「はーい」
隣に立っていたサイが笑顔のままで、傍らから塩壺を取り出すと手を突っ込んで
一掴み取り出す。
「鬼はー外〜!!」
「いったーい!!目に入ったァァァ!!!」
サクラにロックオンされた塩の固まりは、彼女に目掛けて飛んでいく。
まともに被ったサクラが悲鳴を上げた。
「ちょっと、何すんのよアンタ!!
大体、誰が鬼なのよ誰が!!」
いや、悲鳴というより怒声か。
「ああスミマセン。
鬼のような形相の方が居たので、つい」
「ワザとだろアンタ!?」
「ええまぁ」
さらっと答えて、サイは塩壺からもう一掴み取り出そうとして、ああ、と思い至った。
「悪霊退散ー」
もう丸ごとでいいか、なんて思ってサイが塩壺ごとサクラ目掛けてぶん投げる。
「しゃーんなろーーー!!!」
向かってきた壺を拳で一撃粉砕すると、くつくつと喉の奥で笑みを零して
サクラがゆらりとサイの方を振り返った。
「アッタマきた………覚悟しなさい!!」
「ほらやっぱり鬼みたいだ」
「天誅ゥゥゥ!!!」
豪快な破壊音が聞こえ出して、アスマは額を押さえて吐息を零した。
分かっていたがサイはやっぱり使い物にならない。
「あーあーあー、喧嘩始まっちゃったよ」
「お前のせいだろ、お前の」
「やだな、人のせいにしないでくんない?」
「明らかにお前のせいなんだっつーの。
サイの所にサクラ連れてきたらこうなんの分かってんだろうが」
「いいんじゃない?壊れんの俺の家じゃないし」
「……今度、サイ連れてお前んち遊びに行くわ」
さらっと何でもないように言うカカシにそう言い返すと、アスマはこの事態を
どう収拾すべきか考える。
こっちは現在進行形で任務中なので、手駒が揃っているというわけでもない。
と、其処へ先程からの喧騒と騒音を聞きつけてやってきた者が居た。
「一体何の騒ぎですか?
これじゃ落ち着いてミントンもできや……」
「ネジ!?」
その名を呼んだのはアスマではない。
サスケの傍に立っていた、白い犬の気ぐるみを被ったリーである。
「ネジ、ネジじゃないですか!!
君、こんな所に居たんですね!?」
「………リー?
お前こそそんなマヌケな毛皮被って何してるんだ」
「マヌケとか言わないで下さいよ、失礼な!!」
「いや、マヌケだと思う」
「マヌケじゃありませんッ!!」
横から呟くように入ったサスケのツッコミにそう言い返して、リーはビシリと
肉球のついた指先をネジに向かって差し向ける。
「此処で会ったがひゃく……」
「おい、人を指差すな」
「あ、すいません。」
「それで?」
「ええっと……此処で会ったが百年目、この間の手合わせの続きを申し込みますって
言いたかったんですが……何かイマイチ盛り上がりに欠けちゃったじゃないですか」
ネジの冷たい制止のせいで、なんだか色々と殺げてしまった気がする。
ぶつぶつ文句を呟くリーに視線を向けて、ふぅと仕方無さそうにネジは頭を掻いた。
「悪いが今は任務中だからな、また今度だ」
「そんな事言って逃げるつもりなんでしょう!?」
「逃げるかバカ。俺がお前に負けるとでも思っているのかバカ。」
「そんなバカバカ言わないで下さいよ、傷つくじゃないですかッ!!」
「いや、バカだと思う」
「サスケくんは黙ってて下さいッ!!」
また横からサスケが呟くようにツッコミを入れてきたのを、リーがビシリと
指先を差し向けて言い返す。
「だから人を指差すなって今さっき言われなかったか、ゲジマユ」
「う……」
「ほらみろ、バカ」
「ネジ!!……って、うわッ!?」
此処でも不毛な言い争いが始まろうとしていたのだが、それを遮ったのはサクラの投げた
岩壁の塊である。
当然だが、通りのど真ん中にそんなものが落ちているわけがない。
ふと見遣れば屯所の壁は豪快に破壊されていて、あちこちに瓦礫が散乱していた。
もちろんこれらの仕業はあの2人に他ならない。
「ちょっと……サスケくん、これはさすがにマズくありませんか…?」
「だったらゲジマユ、お前がサクラを止めに行けよ」
「じょ…ッ、冗談言わないで下さいよ!!
瞬殺されるに決まってるじゃありませんかッ!!」
「俺もそう思ってるから出るに出れねーんだよ!!」
「威張って言う事じゃないだろ、お前ら」
「ネジはサクラさんがキレた時の怖さを知らないからそんな事が言えるんですッ!!」
「そうだ!部外者は引っ込んでろ!!」
「……どう考えても此処ではお前らの方が部外者な気がするんだが……」
サクラの剣幕に手を取り合ってぶるぶる震えているサスケとリーを見ながら、
ネジがそう呟いて、もうどうでもいいやとラケットを手でくるくる回しながら
アスマの方へと歩み寄った。
「副長、遊んでる場合じゃない。
早いとこあの2人を止めないと、屯所がどんどん破壊されていくぞ」
「いや、そりゃまぁ、そうなんだが……」
「だーから、さっさとガイを出せばいいのにさ。
そしたらサクラを止めてやるよ。俺なら止められるよ?」
「どういう屁理屈と脅し文句だコラ」
「使えるものは何だって使うんだよ、俺は」
バチバチと睨み合うアスマとカカシを交互に眺めてから、あれ、とネジは
軽く首を捻る。
確か騒ぎが聞こえ始めるちょっと前に、ガイは裏門から出て行った。
念の為に何処に行くのか訊ねたら、本部から呼び出しがかかったから
行ってくる、と暑苦しい笑顔を見せて言っていたはず。
「あのバカ……副長に言わずに出てどうするんだ…。
局長なら居ませんよ、2人とも」
「「 へ? 」」
2人の間で飛び散っていた火花が瞬間で途絶える。
気の抜けたようなカカシの顔と、聞いてねぇよと言いたげに歪められた
アスマの顔を見ながら、ネジは間違いないと首を縦に振った。
「本部からの呼び出しだ。
大方、こないだの捕り物の時の……アレだろう」
「あぁ……サイが偵察だっつって所構わず術でネズミ放したアレか?」
「確か、食事時になんて事してくれるんだって、苦情が殺到していた覚えがある」
「だから俺はネズミじゃなくてゴキにしろつったんだぞ。
なのにサイの奴、ゴキブリなんて描きたくない、なんてぬかしやがって」
「………お前らそんな事しちゃったんだ」
どっちにしたって食事時に見たくないもののワーストを競える生物だ。
そりゃ怒られちゃうでしょ、と呆れ顔で頭を掻いていたカカシが、あれ、と
声を上げた。
「そうなっちゃうと、俺の晩飯をタカろうという作戦ってどうなっちゃうわけ?」
「どうなるもこうなるも、当のガイが居ないんじゃあな」
「諦めて頂くしかありませんね」
「ええええ!?
冗談じゃないッ!!なんの為にこんなトコロまで出てきたと思ってんだ!!
こうなったらアスマでもいい!!晩飯奢って!!」
「冗談じゃねぇのはこっちの方だァァァァ!!!
こんだけ玄関破壊しておきながら、どのツラ下げて言いやがるんだ?あァ!?
壁の修理代を請求したいぐらいなんだぞこっちはッ!!諦めてとっとと失せろ!!
おいネジ、こいつらはもう放っとけ。いい時間だからな、メシ食いに行くぞ」
「まぁ……それなら。またな、リー、サスケ。
サイも、もう戻れ!!」
どんどん破壊行為の範囲を広げていくサイとサクラだったが、ネジの声に
サイが残念そうにため息を零して足を止めた。
「しょうがない……今日のところは見逃してあげます」
「何言ってんのよ!!シッポ巻いて逃げるのはアンタの方でしょう!?」
「……まぁ、何を言われても、僕には毛ほども効きませんよ。
これから美味しい美味しい夕飯の時間なので、それでは」
ちゃっと手を挙げてそう告げると、サイの姿はドロンと消えた。
通りに残されたサクラは小さく舌打ちを零し、
「サイ…………次は殺す…!!」
そんな事を呟いたとか。
無情にも閉められた門の前で座り込んで肩を落としているカカシの傍へ歩み寄ると、
サスケは後ろからポンと肩に手を置いた。
「カカシ」
「ちくしょう……今日の晩飯が消えた……」
「もういいからよ、今日は俺んちで飯食えば?
何とか兄貴に掛け合ってみるからさ」
「サスケ……」
「だからこれ以上恥を振り撒くな」
頼むから。そう言いながら座り込んでいたカカシの襟首を掴んで立たせると、
やれやれと肩を竦めてサスケはサクラとリーにも声をかけた。
いきなり4人分も夕飯を追加なんて言ったら、兄のイタチはどんな顔をするだろうか。
少なくとも、この身が無事であるとは思い難い。
(………ボコボコにされなきゃいいんだけどな)
自分もだが、他の3人もだ。
全員無事に生きて戻れますようにと、何処か特攻隊にでも入ったような気分で
サスケは空の星々に願ったのだった。
<END>
やっぱりオチにサスケを持ってくる技。(笑)
カカシ先生のダメっぷりが物凄くてちょっとどうしようかと思った。(汗)
↓以下、おまけの2シーン↓
※おまけ1※
ぞろぞろとカカシ達が立ち去っていったその直後、其処へ戻って来たのは
真選組局長である。
「………あれ、どうして壁がこんなに壊れてるんだ…?」
それまでにあった騒動などつゆ知らず、ガイはそう呟いて首を捻ると
屯所の中へと戻っていったのだった。
※おまけ2※
「ほほう………お前達か、我が家の夕食に混ざりたいというのは……」
「あ、兄貴……あの、」
「別に構わんが、条件がある。
これから俺がお前達に月読をかける、その72時間の拷問に耐えぬいた者のみ、
我が家の夕飯を食することを認めよう」
「「「 鬼かアンタはァァァァァ!!! 」」」